てるみくらぶ破綻と四季島デビュー…2017年が見たパッケージツアーの終わりの始まり。
2017年の出来事をまとめるとなると、3月の旅行代理店てるみくらぶ破綻と5月のJR東日本TRAIN SUITE四季島運行開始は旅行業界に限らずとも注目を集めたかと思います。同様に6月にはJR西日本トワイライトエクスプレス瑞風が運行開始、10月には旅行代理店アバンティリゾートクラブが営業停止と2017年は業界の流れが大きく変わった1年だったといえます。
- どちらも同じ募集型企画旅行
- JRは高い客単価と低い広告費
- 海外旅行は低い客単価と高い経費
- 大手航空会社の経営再建
- 「格安=悪」なわけではない
- 売り手に不利な「価格」と「キャンセルポリシー」
- インターネットが変えたもの
1.どちらも同じ募集型企画旅行
一方は格安、他方は豪華と一見正反対にも見える海外ツアーとクルーズ列車なのですが、実はどちらも募集型企画旅行いわゆるパッケージツアーとして販売されているという共通点があります。
募集型企画旅行とは乗り物や宿泊先など行程と価格を旅行代理店が決めて、それを顧客が購入して参加するものです。他に修学旅行のように団体が日程や目的地を決めて代理店が乗り物や宿泊地を用意する受注型企画旅行、顧客が自由に乗り物や宿泊先を選ぶ手配旅行というのもあります。
四季島の場合JR東日本の子会社びゅうトラベルサービス(いわゆるびゅうプラザ)、瑞風はJR西日本の子会社日本旅行が企画・販売しています。いわゆる目的地までの乗車券では乗れません。
2.JRは高い客単価と低い広告費
JRのクルーズ列車は2013年にJR九州が運行を始めたななつ星in九州がその先駆けで、1人40万~100万円という非常に高い価格で話題になっています。専用の車両を用意するだけでなく一部の駅では専用施設を建造していますし、駅や車内にも専属のスタッフが多数いますから相当コストをかけているはずです。
中でもJR東日本はTRAIN SUITE四季島のほかにも旅行商品として販売し貸切列車として運行する列車が多く、TOHOKU EMOTION、フルーティアふくしま、越乃Shu*kura(一部普通車指定席として販売)などがそれ。びゅうプラザ等旅行代理店でしか販売せず片道乗るだけで数千円(宿泊付きプランもあり)と一般的な特急列車や快速列車指定席よりも高価です。こういった日帰り運行で高額な旅行商品として販売する列車は私鉄各社でも見られ、近年の鉄道業界のトレンドといえます。
その目的地に行く手段はいくらでもあるし、その路線には他にも列車はあるけれど、この列車でしか味わえない体験があるというのが観光列車の強みといえます。しかも乗車券や指定席券とは違い記名制の旅行商品だから、国交省へ届け出た価格に縛られることもなく転売されることもないので。需要と供給にあった高値を付けられるメリットもあります。
一方でコストダウンが見られるのが広告。これら観光列車の広告は駅や車内ポスター、あるいはインターネットのバナー広告程度でしか見かけず、テレビや新聞などではほとんど見かけません。駅や車内に広告を出すのに掲載費が掛からないからです。ニュースで話題になることもありますがそれも最初だけです。
そもそも運輸業はその規模、売り上げから信じられないくらい広告費が掛かっていません。2017年9月発表の東洋経済広告宣伝費が多いトップ300企業でもランクインはANAホールディングスと名古屋鉄道の2社のみ。売上げに占める広告宣伝費はそれぞれたったの0.8%と0.5%です。メーカーや製薬で数%、スマホゲームや教育業界では10%以上なんてザラですから超激安の部類に入ります。
3.海外旅行は低い客単価と高い経費
一方で海外旅行のパッケージツアーは古来より全く逆の戦略でした。旅行会社が直接飛行機やホテルを運営しているわけではないのでそこから在庫をかき集め、駅前一等地に店舗を構えてチラシや新聞広告で集客に勤しみます。
これも昔は良かったんです。航空会社やホテルがほとんど販売窓口を持っていなかったことから、旅行会社に販売奨励金を払ってでも売ってもらったほうが助かっていたし、利用者も直接航空券や宿泊を予約する手段も情報もなかったから旅行会社お任せのパッケージはほぼ唯一の選択肢でした。
でもインターネットが全てを変えました。
まず航空会社がウェブサイトを使って直接航空券を販売するようになったことが大きいです。航空会社が販売奨励金なんぞ出すことなく大量に航空券を販売できるようになりました。勿論航空券単体だけでなくJALパック、ANAハローツアー、デルタバケーションといった独自の旅行商品も同様です。
そしてインターネットで誰でも探せるということは比較できるということです。同じ日程、行き先でも時間や価格を比較できるようになりました。ホテルも同様です。全く同じものを買うなら安いところから買ったほうがいいですよね?
4.大手航空会社の経営再建
ここ10年ほどでアメリカン航空、ユナイテッド航空、日本航空と大手航空会社の経営再建が続きました。経営の効率化のために大型機から中型機へのシフトが進むと同時に、余剰席が出ないよう予約システムが改められました。空席待ちや事前座席指定も大幅に制限が付きました。
国際線の航空券検索ではどこの航空会社も旅行代理店も即時決済が当たり前になり、予約だけ取って後で入金という方法を許さなくなりました。旅行代理店に奨励金を払ってまとめて卸して売ってもらうより、ウェブサイト直販で即入金してもらったほうが効率的なのです。
5.「格安=悪」なわけではない
注意しなくてはいけないのは安いものが直ちに悪いとか危険という意味ではないし、安いものを探す消費者が当然に悪いとか愚かだとは言い切れないということ。てるみくらぶも末期には欧米やクルージング等客単価の高そうな分野に乗り出していたそうで、格安というか少なくともお金にシビアな人は手を出しにくい領域にも進出していたようです。
安いものを探したいからこそ、その検索媒体である価格.comやスカイスキャナー等が繁栄する訳だし、LCCだって開業から5年ほどで黒字経営を続けているところが多いし、価格が安くてもユーザーをつかめて収益を出せているビジネスモデルも多数あるのも事実です。
6.売り手に不利な「価格」と「キャンセルポリシー」
価格が比較される以上他社より安く…はなかなかできません。特に航空券やホテル単体に関しては航空会社やホテルのウェブサイト直販、あるいはExpediaやDeNAトラベルといった無店舗型の旅行代理店(オンライントラベルエージェンシーでOTAとも言う)には敵いません。
一方旅行会社独自の商品であるパッケージツアーは他社では出せない商品を組み立てることも可能です。事実JRは四季島デビュー前から貸切列車による旅行商品を開発しており、カシオペアクルーズやニコニコ超会議号が良い例ですが車両そのものや車内でのイベントも含めた商品に仕上げています。価格競争などしなくても即完売が続いたとの話です。
航空業界でもペット同伴チャーター便の運航など個人手配旅行では実現できないニッチ商品を出しつつあります。
言い方を変えれば定期便やホテルを組み合わせただけの旅行はもう個人でネットさえあればできます。そして航空会社は公的支援を受けて再生する以上、旅行会社に安価で大量に席を売る・・・なんてお人好しはできなくなったのです。これで安く仕入れて安く売ることなど無理なのは明らかです。
さらに航空会社はキャンセル料の値上げやキャンセル不可運賃の新設で収益を上げていきます。一方旅行商品のキャンセル料はかなり甘いです。
これはHISのパッケージツアーのキャンセルポリシーですが、多くの旅行代理店がほぼ同様のルールです。8月中旬や年末年始を特定日としていますが、年明け早々にお盆休みのハワイ旅行を予約しても、7月1日にキャンセルすれば全額返金してもらえます。65歳以上がオフシーズンの旅行なら3週間前までなら全額返金です。
出発3日前のほぼドタキャンに近い解約も80~85%が戻ってきますし、当日「無理だ」と言えば半額以上返ってきます。
これで旅行会社が収益を出せるでしょうか?そもそも手配した現地のホテルや航空会社が返金に応じてくれるでしょうか?
ちなみにANA成田~香港線の片道運賃の一例。Super Valueは路線や時期限定なのですが、左から順に変更不可/払い戻し不可、変更不可/払い戻し可、変更可/払い戻し可という序列で、同じ便でも柔軟性が低い運賃ほど安く売られています。中央のValueでは3万円の手数料で払い戻しが可能、往復なら約2倍(便による)で約52000円ですから実質キャンセル料が約半分とリスクもそれなりです。
料金も格安で全部おまかせでキャンセルの融通も利くなんて経営的に勝ち目の無いものを売り続けてきたのが日本の格安海外ツアーです。
だからJRの豪華列車は高額な設定の上で高い申し込み倍率、出発日を指定せずにキャンセル待ち制度で繰り上がり当選ができる等、収益を高く早く回収できる仕組みを取っていると思われます。鉄道と言えば数百名単位の大量輸送が中心ですが四季島も瑞風も定員はたったの34名です。
7.インターネットが変えたもの
既に言ったとおりインターネットが全てを変えてしまったということです。まず誰もが行ったこともない国の情報を簡単に手に入れられるようになったし、外国に興味を持つきっかけも多様化してきました。情報の量も質も方向性も急変していきました。
例えばヨーロッパに旅行する日本人は30年前なら皆こぞってブランド物を買いあさっていたはずなのに、今はサッカー観戦、自動車博物館巡り、バルや醸造所巡り、写真・動画撮影、ライブ遠征、目的はさまざまです。これが多様化というやつです。こうなると乗る飛行機も泊まるホテルも行く場所も勝手に決められるよりは、自分で好きなものを選べるようになったほうが便利なわけです。
これとは別の動きで国家間のオープンスカイ協定というものがあります。かつての成田空港や日本航空のように国際線の発着できる空港や航空会社に制限があったものを自由化し、2国間でどの路線でもどの航空会社でも運航できるように決めるもの。日本(羽田/成田は条件付き)では韓国、台湾、中国(北京/上海は条件付き)、フィリピン等と結んでいます。
こうなれば運航距離が短い、着陸料が安いといった理由で競合のない路線や時間帯でニッチ需要を狙うことも可能になり、これがLCCの躍進を後押ししたのです。国内ローカル線需要低迷で経営難だった地方空港はこぞって国際線誘致に乗り出し、那覇、関空、静岡、仙台と成功例も続々出ています。
そういった地方の魅力の発信源も、少ない設備と人員での販売促進もインターネットが重要な役割を果たしていることは間違いありません。インターネット以前の時代に日系航空会社が作ったサイパン島やバリ島路線が、限られた情報と限られた販路による限られた需要しか生めずに撤退の憂き目に遭っているのとは対照的です。
折りしも今の日本は需要に供給が追いつかない人件費高騰の時代。言わば手間も時間もかけられない時代です。旅行に限らず宴会や宅配でのキャンセルが社会問題化し、好調な売上げを出している小売店も営業時間の見直しを迫られている等、人手をかけた上での薄利多売は破綻に向かっています。
旅行という需要は激増しています。その中でLCCのセールは人手を掛けずに薄利多売で成長し、豪華列車は人手を掛けて高利少売で成長し、格安海外ツアーは人手を掛けた上で薄利少売で滅亡した。これが2017年です。